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高橋奎二の学歴や経歴を紹介!出身高校や大学情報

プロ野球セ・リーグの東京ヤクルトスワローズに所属する高橋奎二さん。

先発ローテーションの柱として活躍し、2021年の日本シリーズでは日本一に貢献して優秀選手賞を獲得するなど、チームにとって欠かせない選手です。

そんな高橋奎二さんはどのような少年時代を送ってきたのでしょうか。

高橋奎二さんの学歴や経歴を順に見ていきましょう。

高橋奎二さん 学歴・出身校

球界でも一、二を争うイケメンで、顔立ちが俳優の竹野内豊さんに似ていると評判の高橋奎二さん。

高橋奎二さんの出身校とそれぞれの特徴を、大学から小学校の順にご紹介します。

出身大学情報

高橋奎二さんは大学には進学していません。

高校を卒業後、2015年にドラフト3位で東京ヤクルトスワローズに入団しています。

2年生春の選抜大会で3勝し、優勝投手にもなっていたためプロからの評価が高く、「超高校級の左腕」として注目されました。

高橋奎二さん自身もプロ入りの希望が強かったので、大学進学は頭になかったのではないでしょうか。

出身高校情報

高橋奎二さんの出身高校は、龍谷大学付属平安高等学校です。

1876年に創設された浄土真宗系の学校で、龍谷大学との連携を機に2008年に現在の校名に改称されました。

教育カリキュラムは3コースに分かれており、高橋奎二さんは甲子園での全国制覇を目指す球児のための「アスリートコース」の出身です。

硬式野球部は強豪校として知られ、これまでに春は41回(優勝1回)、夏は34回(優勝3回)の出場を誇っています。

東北楽天ゴールデンイーグルスの炭谷銀二朗さん、酒井知史さんをはじめ多くのプロ野球選手を輩出しているほか、俳優の段田安則さんもこの学校の卒業生です。

学校名 龍谷大学付属平安高等学校
学科・コース アスリートコース
偏差値 42~61
所在地 〒600-8267 京都府京都市下京区大宮通七条上ル御器屋町30
最寄り駅 ※京都駅・・JR(東海道本線)、近畿電気鉄道(京都線)、京都市営地下鉄(烏丸線)
丹波口駅・・JR(嵯峨野線)
梅小路京都西駅・・JR(嵯峨野線)
七条大宮バス停・・京都市営バス(206系統)
公式サイトHP https://www.heian.ed.jp/index.php
著名な卒業生 炭谷銀二朗、酒井知史(乃木坂46)・段田安則(俳優)

高橋奎二さんの高校時代

龍谷大学付属平安高校のアスリートコースは、硬式野球の経験がある中学生をスカウトし、全国から有力選手が入学することで知られています。

しかし高橋奎二さんは中学時代には軟式野球部に所属していたため、自ら志願して入学しました。

中学3年生の時に野球部体験イベントに参加し、「ぜひこの高校で野球をしてみたい」と感じたのです。

入学後は周りのレベルの高さに圧倒され、まずは体作りが必要だと考えた高橋奎二さんは柔軟性を高めるトレーニングやランニングで自分を追い込みました。

そのかいあって、1年生の秋にはベンチ入りを果たしています。

自分の弱点を見つめ、硬式野球の経験の少なさを克服する努力をしたからこそ、通算3回の甲子園出場を果たし、選抜大会の優勝投手にもなれたのですね。

出身中学校情報

高橋奎二さんの出身中学校は、亀岡市立東輝(とうき)中学校です。

亀岡市の中央寄りに位置し、周りには住宅地が広がっています。

「やる気!元気!本気!東輝!」をスローガンにし、活動的な生徒の育成に力を注ぎ、亀岡市が推進している募金活動「友情の5円玉キャンペーン」にも熱心に取り組んでいます。

陸上競技の中・長距離選手として活動中の飯島希望さんも、この学校の卒業生です。

学校名 亀岡市立東輝中学校
所在地 〒621-0834 京都府亀岡市篠町広田三丁目28-1
最寄り駅 亀岡駅・・JR(山陰本線)
大葉台一丁目西口バス停・・京阪京都交通バス(30,32,34,35,36系統)
公式サイトHP 東輝中学校のサイト
著名な卒業生 飯島希望(陸上選手)

高橋奎二さんの中学時代

中学時代の高橋奎二さんは軟式野球部に所属するとともに、小学生の時から所属していた地元チームでも練習を続けていました。

ポジションはピッチャーでしたが、この頃は小柄で体も固く、さほど目立つ存在ではなかったと言われています。

部活を続けるうちに「もっと野球を極めたい」という思いがめばえ、3年生の時に龍谷大学付属平安高校の野球部体験に参加しました。

その時のことを平安高校の監督は覚えており「体はできていないけれど、走り方や身のこなし、グラブさばきにセンスがある」と感じたと振り返っています。

その後監督に声をかけてもらって進学することになるのですから、何でも思い切って体験してみるというのは大切ですね。

出身小学校情報

高橋奎二さんの出身小学校は、亀岡市立安詳(あんしょう)小学校です。

1873年創立の歴史ある小学校で、校庭にかつての京都市電の車両が保存されていることから、鉄道ファンにとっては知る人ぞ知る学校でもあります。

他県の学校との交流に熱心に取り組み、2004年には山形県鶴岡市の西郷小学校と姉妹校提携を結びました。

中学校の先輩にあたる飯島希望さんも、同じ小学校を卒業しています。

学校名 亀岡市立安詳小学校
所在地 〒621-0826 京都府亀岡市篠町篠中北裏68
最寄り駅 馬堀駅・・JR(山陰本線)
公式サイトHP 安詳小学校のサイト
著名な卒業生 飯島希望(陸上選手)

高橋奎二さんの小学校時代

高橋奎二さんは1年生の時から「篠少年野球クラブ」でプレーしていました。

ポジションはピッチャーで、他のチーム員と二人でダブルエースとして活躍していたそうです。

チーム練習のない日は自宅で父親を相手に、キャッチボールの練習を欠かしませんでした。

当時の憧れの選手はダルビッシュ有投手で、テレビで投球スタイルを見ては真似をしようと試みていたと言います。

そんな憧れの選手と一緒にWBCでプレーできることになるとは、当時は想像もしていなかったのではないでしょうか。

高橋奎二さんの選手経歴

今ではしなやかで特徴的な投球フォームが持ち味ですが、高校入学直後はきゃしゃで細く、精神的にも甘えがあったことから「赤ちゃん」と呼ばれていた高橋奎二さん。

高橋奎二さんが野球を始めたきっかけや経歴を見ていきましょう。

選手になったきっかけ

高橋奎二さんは小学1年生の時に地元チームの「篠少年野球クラブ」に入団して野球を始めました。

このチームは少年野球の強豪校で、世界大会への出場経験もあります。

高橋奎二さんはレベルの高いチーム員の中で野球を学ぶと同時に、自宅での練習も欠かしませんでした。

父親とキャッチボールをする際には「しっかり上から投げる」「体の軸がぶれないように一直線になる」ことをたたき込まれ、この基礎練習が現在にも生かされていると語っています。

高橋奎二さんの名前が全国に知られるようになったのは、高校2年生の春の選抜大会でした。

2年生ながら4試合に登板し、決勝戦を投げ切って優勝投手になったのです。

その後2年夏、3年春にも甲子園に出場しましたが、3年夏はケガの影響により調整不足のまま県大会に登板して打たれ、最後の夏の甲子園出場はかないませんでした。

その時のことを高橋奎二さんは悔しかった。仲間に本当に申し訳なくて。甲子園で引退したかった」と振り返っています。

経歴・エピソード

最後の夏に甲子園に出場できなかった悔しさが忘れられず、高橋奎二さんはプロ入りを決意します。

そしてその年のドラフト会議で3位指名され、東京ヤクルトスワローズに入団が決まったのです。

右足を大きく上げるフォームは元大リーガーに似ており、高校時代は「古都のライアン」、プロ入り後はチームの先輩である小川泰弘さんにもちなんで「左のライアン」と呼ばれました。

高卒で若いことや練習で肩を痛めたこともあり、球団は長い目で育てる方針を決め、1軍デビューは3年後の2018年9月でした。

2021年からは先発ローテーションの一角を任され、日本シリーズでは優秀選手賞を受賞するなど、安定感を増してチームの柱になっています。

私生活では2021年に元AKB48の板野友美さんと結婚し、名前の頭文字をとって「けけ」と呼ばれていることや、奥様のお尻に敷かれている姿がかわいいと評判です。

家庭を持ったタイミングと、活躍のタイミングが合致していることからも、充実した生活環境でプレーできていることがうかがえますね。

まとめ

高橋奎二さんの学歴や経歴について紹介しました。

常に自分を高いレベルの環境に置いて練習を続け、念願のプロ入り後には日本一の立役者となる活躍で、今ではチームに欠かせない選手です。

学生時代はケガが多く、思うように投げられない時期もありましたが、トレーニングにより体力だけでなく精神的な弱点も克服し、甘いルックスからは想像もできない大胆なピッチングを見せてくれています。

WBCではその名の通り「日本のライアンが来た」と相手を驚かせる活躍を見せてくれることでしょう。

高橋奎二さんのダイナミックな投球が世界中に注目される日も近いですね。

高橋奎二さん プロフィール

氏名 高橋 奎二(たかはし けいじ)
生年月日 1997年5月14日
出身地 京都府亀岡市
身長 178cm
血液型 O型
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